写真家 大倉舜二氏 『JAZZ NOTE -1961〜1990-』(芸術新聞社刊)








     
〜『JAZZ NOTE 1961-1990』(大倉舜二撮影、芸術新聞社刊)〜


     本書は、写真家大倉舜二氏が1960年代初頭から90年までに来日したジャズ演奏家120余名を
撮影(一部、米・ニューヨーク)したプリントの中から精選・構成(全215ショット)したものです。 1960年代から広告・ファッション・舞台・ドキュメントなど多彩なフィールドで活躍してきた大倉氏にとって、 ジャズは特別な思いを注いだジャンルです。 氏は、ジャズは「感覚を覚醒させ元気がでる絶対の栄養補給源」であり、 「千年スパンで考えても人類の音楽的快挙」であると語ります。
     本書は、このような熱い思いを込めながらライフワークとしてその偉大な「ジャズの伝道者たち」を
     カメラに納めてきた氏のジャズ写真の集大成といえるものです。
     また、なぜ閉塞感に苛まれ未曾有の危機的状況とも叫ばれている「いまの日本」というこの時代にジャズ写真集を刊行するのか。
     氏はこう語っています。

 


《「3・11の東日本大地震と原発のダブルの大惨事で復興もままならぬというときに、   お気楽でノー天気なジャズの本なんかよく出せるな! ノスタルジーと我欲だけじゃないのか」という声がどこからか聞こえてくる。……それは違う。 こんなやり切れない時代だからこそジャズをぶつけたのだ。 ……洪水、革命、財政不安、と同時多発的に世界中が悪魔に魅入られたのかのように不穏な空気に覆われているのはどうしたことか。 ここに登場する神のような天才たちの姿から、あの素晴らしいサウンドを思い出してほしい。 少しでもこの本が癒しと力の助けになればと思っている》

     このような本書が、他のジャズ写真集と違うものになっているのは、撮影者の“被写体に喰い入る度合い”の決定的な差によるものといえます。
     30年にもわたって撮影された氏のジャズ写真は、公式撮影もありますが、プライベートに撮影されたものが数多く、
     「商業的に“ウケル形”を狙った」ショットではなく、
     ジャズ・ミュージシャンとのジャンルを超えた交歓ともいうべきシーンが随所に記録されており、それらが本書独特の魅力になっています。
     氏の写真の魅力は、巻頭の作家・草森紳一氏による「ファンキー・ショット!」に端的に言いつくされていると思いますが、
     写真の読み手と撮影者のフィーリングに関する興味深いエピソードがあります。
     草森氏によるジャズ・ミュージシャンの表情についての一節です。



《 ……アート・ペッパーが来た時は、すぐ電話してきて、ひさしぶりに大倉舜二の興奮した声を聞いた。   演奏も凄いが、彼の写真も凄い。   彼の撮ったペッパーのギロリとした目が凄い。迎えにきた死神を睨みすえて、「待て! もうすこし待ってくれ。   俺に終わりまで吹かせてくれ」と叫んでいるかのようである。   ジャズに挑戦するというより、死相のままに生きることへ挑戦している。》   ジャズの深奥を感得し、その魅力に一度でも憑かれたものにとって、大倉氏の写真は、   このような演奏家の心の叫びまでもイメージさせる力を持っています。   実際の撮影者である大倉氏は、この時のアート・ペッパーの表情について、こう感じたといいます。
  《……それまで何枚も撮影していたら、アート・ペッパーがレンズの向こうから目で訴えてきた。   演奏中のミュージシャンと目が合うなんてことはめったにない。   ドキッとした。すると、「もういいだろう。撮ってないで聴いてくれよ」……。私はカメラを仕舞った》


  
この撮影の2年後に他界するアート・ペッパーは、数年前に長年の麻薬常習癖によるブランクを脱して来日し、 熱狂的に迎えられたことを感動的に自伝に記しています。




    《……観客席から拍手と歓声がわき上がった。マイクに行きつくまでの間に、拍手は一段と高まっていった。   僕はマイクの前に立ちつくした。おじぎをし、拍手のおさまるのを待った。   少なくとも5分間はそのまま立っていたと思う。何ともいえないすばらしい思いに浸っていた。   あんなことは初めてだった。あとでローリーに聞いたが、彼女は客席にいて観客の暖かな愛をひしひしと感じ、   子供のように泣いてしまったという。僕の期待は裏切られなかったのだ。日本は僕を裏切らなかった。本当に僕は受け入れられたのだ。   やっと報われたのだろうか。そうかもしれない。   たとえ何であったにしろ、その瞬間、今までの、過去の苦しみがすべて報われた。生きてきてよかった。と僕は思った》



    ジャズ・ミュージシャンは、その音楽の狂熱的な側面とは裏腹に、音楽に対して謙虚で誠実な心の持ち主たちで、
彼らの多くを襲った麻薬禍も、その感受性の繊細さのためという見方もあります。 大倉氏の作品が「群千のジャズ写真」と違うのは、このような微妙な感受性までも演奏者と共有し、共感しながら撮影したからだといえます。 本書に収められた215枚の写真、一枚一枚に、見る人の心を揺さぶらないではおかない物語を包摂したジャズ写真集はかつてなく、 被写体のミュージシャンの大半が既に故人となっている現在、 本書は正に今後もあり得ることのない「決定版」と名付けられるべきジャズの写真集といえます。
 
    ●大倉舜二プロフィール
     1937年東京生まれ。60年代から広告、ファッション、ドキュメント、料理、舞台、昆虫、生け花などの多彩なフィールドで活躍。
     1971年第3回講談社出版文化賞受賞。1987年日本写真協会年度賞受賞。
     撮影対象は多岐にわたり、近年シリアスな眼差しで東京を撮り続け『Tokyo X』『Tokyo Freedom』を刊行した。
  
      

【主な著書】 1958 『蝶』(富成忠夫と共著・ぺりかん写真文庫、平凡社) 1971 『emma』(毎日新聞社) 1978 『日本の料理』(文化出版局) 1983 『ONNAGATA 坂東玉三郎』(平凡社)    『植田いつ子の世界』(平凡社) 1984 『松坂慶子写真集』(集英社)     『画家のおもちゃ箱』(猪熊弦一郎と共著、文化出版局) 1986 『ゼフィルス24』(朝日新聞社) 1989 『七代目菊五郎の芝居』(平凡社)     『老木の花:友枝喜久夫の能』(白洲正子と共著、求龍堂) 1991 『俳優探検』(渡辺保と共著、 駸々堂出版) 1992 『花 楠目ちづ』(フクイン)    『MUSES』(立木義浩、藤井秀樹と共著、誠文堂新光社) 1993 『日本の料理』(セシール) 1994 『麻美れい』(講談社) 1997 『武蔵野』(シングルカット社) 1998 『松本幸四郎の俳遊俳談』(朝日新聞社)    『作家のインデックス』(集英社) 2000 『Tokyo X』(講談社インターナショナル) 2001 『歌舞伎 Kabuki Today』(講談社インターナショナル) 2005 『Tokyo Freedom』(日本カメラ社) 2009 『フランク・ロイド・ライトの呪術空間』(草森紳一と共著、フィルムアート社) 2012『JAZZ NOTE』(芸術新聞社)
        ※参考HP:http://fotonoma.jp/photographer/2006_02okura/index.html
 




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